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山形県産品ポータルサイト いいもの山形

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くらしを想うひと ものづくりの視点で、暮らしの彩りを考える

建具の技巧を家具に生かし、組子家具を展開する伊藤建具製作所の伊藤曻氏と、職人の技術に今日性を与えた籐工芸で、現代の生活様式に叶うプロダクトを展開するツルヤ商店の會田源司氏。おふたりによる対話を通し、ものづくりに込める想いと、暮らしを彩るためのヒントを探る。

山形建具

山形建具の歴史は古く、明治26年に組合が設立されてから技術の研磨が積み重ねられ、伝統的な建具の産地として今日に至る。襖や障子、引き戸、欄間など、伝統的な木造家屋を優美に引き立てる建具の数々は、全国的にも評価が高く、最近は近代建築にも調和する新しいデザインが工夫され、多様化する生活スタイルに合わせた製品もつくられている。

籐工芸

日本における最古の籐工芸は1000年以上前といわれるが、生活用品として暮らしに普及したのは明治期に入ってから。山形では明治40年創業のツルヤ商店が、山形に伝わる昔ながらのつる細工の伝統的な技術を取り入れ、生活用品から育児製品、そしてデザイン性が求められるインテリア製品へと、現代のくらしに合った籐工芸品を展開している。

―時代は常に変化をしています。おふたりがものづくりをするうえで、心境の変化はあったのでしょうか。

會田:私が今の仕事に就いたのは、昭和の50年代が終わる頃。それから現代に至るまでは、さまざまな変化がありました。生活様式の和から洋への変化もありますが、いっときの籐家具の需要過多に耐えられず、アジアからの安価な輸入品に頼ったことで、我々の商品にも安いというイメージが固定されてしまいました。その反省のもと、これまで以上に時代が求めるものを作る必要性を感じました。さらには、その先を見越したものを提案することで、我々の業界にも未来はあると考えるようになりました。

伊藤:私は建具を中心とした事業を行ってきましたが、同じく生活様式の変化に伴い、欄間や障子など、意匠を凝らした建具や、なかでも緻密性を極めた組子細工は、その見せ場が激減していきました。そのため建具の技術を守る必要性を感じ、組子のように普遍性のある技巧を、何か別のかたちで提案したいと考えるようになったのです。

―それが、おふたりが新しい事業を行うきっかけになったのですね。

伊藤:山形建具の技術のなかでも、一番に注目したのは組子細工でした。非常に幾何学的且つ、直線的なものですが、構造体としては極めて堅牢。家具に転用してみてはと考えたのです。必ず実現しようと試行錯誤し、組子家具という製品を考えました。組子細工自体、千年を超える歴史がありますが、家具への転用は初めて。メイド・イン・ヤマガタとして、また、新たな日本家具として発信したいと考えています。

會田:材料となる籐は、100%外材です。必然的に製品としては国内で流通する類似品よりも高価になるので、高品質というだけでは戦えません。デザイン性も高めることにこそ活路がありました。それは私たち生産者だけでは実現できることではなく、外部のプロダクトデザイナーと手を組むことが必要でした。現在の間取りや生活面積に合わせながら、心地よい製品を作ろうと、従来品よりサイズを抑えた『hairu』シリーズをはじめとして、いくつかのラインを手掛けています。伊藤さんのように、独自製品のブランド力を高めながら、一方ではその製品のファンを増やしていくことは、新たな需要を生み出し、業界の未来にも繋がるものだと思うのです。

―ものづくりの側面から、暮らしを彩るためのヒントについて、お話いただけますでしょうか。

會田:暮らしを彩るということは、その生活空間に、いかに満足感を得られるか否かだと考えます。私たちは近年、無着色無塗装の製品も作っています。それは経年による変化を楽しむことに目的を置いていますが、自分が好きなものを側に置き、ともに暮らして行くことは生活の彩りになるのではないでしょうか。

伊藤:生産者としての思い、そして扱う側である消費者の思いが合致してこそ、彩りは生まれるのではないでしょうか。流行りは一瞬にして変わっていくものですから、ものの個性を好きになり、それを生活に取り込むことで、暮らしは彩られるのではないかと考えます。

伊藤曻 伊藤建具製作所の2代目として、50年以上に渡り組子を始めとした建具の制作に携わる。2006年より建具家具・KUMIKO FurnitureⓇを開発し、数々の賞を受賞。組子文化の復興に注力している。

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會田源司 明治期に創業した、ツルヤ商店の4代目。時代に合わせた籐工芸は、現代の暮らしに合わせたものから猫用まで数ラインを展開。業界に新たな需要を生み出そうと、職人技×デザイナーコラボに挑戦。

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