手にするだけで、胸が躍る。ただ触れているだけなのに、確かな技術に支えられた上質な味わいが感じられ、つくり手の想いが、そのぬくもりとともに伝わってくる。山形桐箱は、そんな伝統工芸品のひとつだ。今回の語り手は、創業以来90年余り、桐箱の製作に取り組んできた有限会社よしだの3代目、吉田 長芳氏。山形のいいものたちとの出会いを通じて、より上質な暮らしを叶えたいと願う、野中 葵が話を訊いた。
「山形桐箱」と「よしだ」
野中:「よしだ」の創業は、昭和5年とお聞きしました。
吉田:はい、私の祖父である初代・長助は、もともと木地師と呼ばれる職人でした。代々、お膳や重箱などをつくる家に生まれましたが、桐という素材に魅せられて、1930年に独立し、桐箱づくりに専念するようになったようです。来年で、95年になるんですね。
野中:そうすると、この会社の歩みは「山形桐箱」の歴史そのものであると言っても差し支えないのでしょうか?
吉田:そうですね。山形には、うちよりも古い木箱屋さんもありますが、もっぱら桐箱を扱う会社としてなら、そのように言ってもいいのかなと…。
野中:いつ頃から、この仕事に就こうと考えるようになったのですか?
吉田:私は幼い頃から、祖父から「お前は跡継ぎだ」と言われ続けてきました。その祖父から父へと受け継がれてきたものを、自分の代で絶やしてしまうのはもったいないし、嫌だなという想いがありました。ですから高校を卒業するとすぐに、京都にある株式会社木下商店に修業に出ました。おもに杉の木などを扱う木箱屋さんで、箱づくりの技術では全国でも指折りの評価を得ている老舗です。私は、師匠である木下明弘社長のもと、その匠の技を継承し「よしだ」の桐箱づくりに活かそうと修業を続けました。京都から戻ってからは、父である二代目・長四郎のもとで、桐箱づくりの伝統技法の習得に努めました。
野中:いつ頃、どのような想いをもって三代目に就任されたのですか?
吉田:2016年ですから、8年前ですね。「よしだ」では、越中富山の置き薬を納める桐の引き出し箱をはじめ、地場産の米沢織物や山形鋳物、平清水焼を入れる桐箱、さらには山形の特産品であるさくらんぼなどの贈答品用の桐箱づくりが中心でした。こうした長い歴史のなかで培ってきた「よしだ」の桐箱づくりを支える伝統的な技術に、ますます磨きをかけたいという想いと、加えて、もっと桐の良さを伝えていきたいという想いがありました。桐という素材には、身近に、愛着を持って使っていただくことで、手にする方の暮らしを豊かにする普遍的な魅力があると信じているからです。
その人にとって大切なものを守るもの
野中:桐箱といえば、高級な菓子や果物などちょっと値の張る特別な贈答品を入れる箱、というイメージです。吉田さんが届けたい桐箱について教えてください。
吉田:贈答品用はもちろん、その人にとって、大切なものを守るものですかね。大切なものは丁寧に扱って、良い状態のまま贈りものにしたり、長く保管したり、使い続けたりしたいですよね。その想いに応えられるのが桐箱でないかと。私のなかで、桐は「魔法の木」と呼んでいいほど、すぐれた素材なんです。
野中:大切なものを守るという意味で、杉や檜などにはない、桐ならではの特性が生きているということでしょうか?
吉田:桐は「自ら呼吸する」といわれるほどに適度な湿度を保つ効果(調湿性)があって、湿気をよせつけませんし、過度な乾燥も防いでくれます。あとは軽さですかね。国内の木では最軽量ですから扱いやすい。また、木のなかでは唯一、弱アルカリ性で、虫が嫌いますから防虫効果を発揮します。抗酸化作用もあって、食品などの品質や風味の劣化も防いでくれます。
野中:桐を扱う職人のお一人として、桐という素材の可能性をどのように広げていきたいとお考えですか?
吉田:桐箱づくりの伝統技法を生かしながらも、現代人の暮らしにマッチした商品をかたちづくることに力を注いでいます。桐製のブレッドケース(吉田パン蔵)やスマートフォンスピーカー(KIRINONE -キリノネ-)、「本の正倉院」などの代表作をはじめ、パスタケース(吉田パスタ)や茶箱(ティータイム三姉妹)など、東北芸術工科大学のプロダクトデザイン学科の学生さんの提案を採り入れて、商品化したものもあります。実際に、暮らしのなかに取り入れて、日常的に使っていただくことで、その魅力を十分に伝えることができると考えています。現代の暮らしに寄り添うことで、桐という素材の可能性を広げていきたいですね。
KIRIBAKO PICK UP
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吉田パン蔵
おいしいパンを、やさしく守る、パン好きのための桐製ブレッドケースです。一定の湿度に保たれ、抗菌作用もあるため、パンの美味しさが長持ちします。また、軽くやわらかく、クッション性に優れた素材が、パンをやさしく守ります。
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KIRINONE -キリノネ-
古来より琴や琵琶などの楽器に使われてきた桐は、多孔質で粘性に富み、音響効果の高い材質であることが知られています。このスマホスピーカーは、桐の特性を生かして豊かな音響を再現できるようデザインされ、スマートフォンをさすだけで心地よい音質で音楽を楽しめます。
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本の正倉院
桐のすぐれた調湿・防虫効果によって、大切な貴重本・豪華本などをカビや虫くいから守ります。本のコレクターなどから高い評価を受け、「にっぽんの宝物グランプリJAPAN大会2019」の工芸・雑貨部門でグランプリに輝きました。
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吉田パス太
桐の調湿性を生かした、パスタの保存に適した容器です。上蓋をスライドさせて目盛りに合わせることで、 100gと200gのパスタが自動的に計れるようにデザインされています。また、小スペースに立てて保管できます。
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ティータイム三姉妹
桐の機密性、調湿性を生かして、湿気から茶葉やコーヒー豆を傷めることなく、香りも長持ちさせる茶箱たちです。長女:ヨシダレイコ(珈琲)、次女:ヨシダヨウコ(紅茶)、三女:ヨシダミドリ(日本茶)とネーミングもユニーク。何が入っているのか区別できるように色分けされています。
「よしだ」のものづくり
野中:御社のホームページの冒頭に「あなたの想いをカタチにします」とあります。基本的には、商品在庫は持たないということでしょうか?
吉田:そうです。それは「よしだ」の創業時から、ずっと変わらないことの一つです。たとえば、さくらんぼの箱にしても、お求めになる寸法は、お客様ごとに異なります。ですから、昔から既製品というものを持たないやり方で、やってきています。
野中:まさに、一つひとつの商品が、オーダーメイドというわけですね。では、私たちが、こんなものを納める桐箱が欲しいとご相談すれば、アドバイスもいただけるのでしょうか?
吉田:はい、寸法や用途などをお伺いしながら、お客様と一緒になってつくっていくというのが「よしだ」のやり方です。
野中:若い女性たちからのオーダーの例があれば、教えてください。
吉田:いまご注文いただいているのは、ランチボックスですね。桐の軽さを利用してつくってほしいというオーダーをいただきました。また、パスタケースを見たお客様から、海苔を入れる桐箱ができないかと、ご相談いただいたこともあります。こうしたオーダーやご相談から、商品づくりがスタートするわけですが、そこで、こだわりを持って取り組んできたのは、桐という素材の魅力を最大限に引き出し、その特長を生かした商品をつくり出すということです。
野中:それが「よしだ」のものづくり。
吉田:そうですね。桐の特長を生かしたものづくり。そうでなければ、商品にする価値がないと思っています。そして、桐だからこその素材の良さを生かしきるために、伝統的な技法をしっかりと守っていく。たとえば、仕上げに用いる道具。サンダーを用いたやすり掛けが主流になってきていますが、あえて高度な技術が要求される「円盤かんな」を使って、桐の表面に独特のつやを出します。その光沢が木目を引き立たせるのです。
「よしだ」の人づくり
野中:「よしだ」の伝統技法や現代の暮らしにフィットする商品発想力は、やがて次世代に受け継がれることになります。「よしだ」の人づくりについて、お伺いできますか?
吉田:「よしだ」のものづくりは、やがて次の世代に託すことになるわけで、人づくりはすごく大事だと思っています。「山形桐箱」という伝統工芸を、次世代を担う人材へとつないでいくことは、私たちが果たすべき重い責任だと思うのです。
野中:五十嵐さんの入社の経緯を教えてください。
吉田:彼女とは、ものづくりに興味がある若い人がいるという、知人の紹介で会うことになりました。短大を卒業後、地元でものづくりに携わりたいという真摯な想いに触れて、来てもらうことに。私の父は現在、84歳で仕事を続けていますが、そんな父がまだ元気なうちに、若い人を育てたい。ちょうど、そんなことを考えはじめたタイミングでした。厳しい指導にもくじけることなく、一度言っただけで何でも理解してくれる。よくうちなんかに来てくれたなという印象で、彼女のためにも、さらに若い世代のメンバーを採用し、育てていきたいと考えています。
野中:インターンシップの受け入れを計画しているとか。
吉田:先日、応募を締め切ったところです。若い人に、魅力的だなと思ってもらえる会社でありたいと思いますし、そのためにも魅力的な商品をつくり続けていきたい。そして、インターンシップ生に、ここで働いてみたいと思わせるためにも、私自身が夢を持って仕事に取り組むことが大切だと考えるようになりました。
KIRIBAKOを世界に通じる言葉にしたい
野中:「よしだ」のこれからに向けた想いをお聞かせください。
吉田:桐箱の魅力を、日本だけではなく、世界中の人たちに知ってもらいたいですね。海外の人たちに桐箱を紹介する時に、桐は英語で「paulownia」だから、ポローニャ・ボックスと言うとわかってもらえました。けれど、私の想いとしては、将来的にはKIRIBAKOを世界共通の言葉にしたい。そんなふうに思っています。
野中:そのために、これからどんな想いで、桐箱づくりに取り組んでいきますか?
吉田:お客様と一緒に、どこでも買えるような桐箱ではなく、職人が持てる技術を惜しみなく注ぎ込んだ、「よしだ」でしか手に入れることのできないオーダーメイドの桐箱を提供したいですね。
野中:海外に向けて、桐箱の魅力を発信していくということですが、そのための具体的な取り組みをご紹介いただけますか?
吉田:山形県の取り組みのなかで、海外のバイヤーさんを山形に呼んで、テストマーケティングというかたちで、パリや台湾のショップに桐箱を置いてもらいました。日本の木製品の人気は根強いものがあるようで、多くの人たちが手にとり、気に入っていただけたようです。
野中:なんだか、ワクワクしますね。
吉田:自分のなかでは、桐の可能性って、まだまだ広がると思っています。たとえば高級ブランドのバッグを保管しておくような箱だったり、スニーカーのコレクター向けに、大事な靴を守る箱だとか、ヴィンテージ・ジーンズを入れておく箱をつくったりと、桐の可能性を広げる取り組みを、今後も続けていきたいです。
野中:そのようなアイデアと、これまで培われた技術とを組み合わせると、まだまだ桐箱の魅力を発信していけそうですね。ありがとうございました。
インタビューを終えて
私は、これまで日本の森林や林業世界について学んできました。
桐箱に実際に触れてみると、木目の美しさ、可愛いデザインに温もりを感じられました。大切なものを守ることにすぐれた材だと知り、これからますますオシャレになって、活躍する場が増えてくるんじゃないかと、桐への期待が深まります。パンケースやスピーカーも可愛くて、わたしもお家で使います。なにより吉田さんのこれまでのストーリーや、次世代を担う人を育てたいという想い、受け継がれた繊細な技術で、この素晴らしい桐の良さを届けたいという強い想いが伝わりました。
今後、いいものを長く大切にするためにも、お洋服やバッグ、靴などを収納する桐箱をつくりたいとおっしゃっていましたが、すごく欲しい!と思いました。私たちも、桐箱を身近な暮らしのなかに採り入れて、いいなと実感したなら、周りにも広めてくことが大切だなと…。貴重なお話を聞けて嬉しかったです!ありがとうございました。
インタビュアー
野中 葵AOI Nonaka
福島県生まれ、千葉県育ち。2008年、ファッション雑誌『ニコラ』(新潮社)の第12回ニコラモデルオーディションで9,822人の応募者の中からグランプリに選ばれ、2008~2013年ニコラ専属モデルとして活動。雑誌、CM、ショーモデルとして活躍する。第49回ミス日本コンテストでは「2017ミス日本みどりの女神」に選ばれた。この活動経験から、森林や地球の生態系について深い関心を持ち、独自の目線でメッセージを発信する活動を続けている。
有限会社よしだ代表取締役 吉田長芳 山形県山形市出身。高校を卒業後、京都の株式会社木下商店にて、5年間の修業を経験。平成3年の帰郷後は、桐という素材の魅力を引き出し、現代人の暮らしに馴染むアイテムを数多く考案。従来の概念にとらわれることなく、桐製品の可能性を探求する。平成27年「美味しい田んぼ」のオリジナル商品として製作を担当した「桐米びつ」でグッドデザイン賞。令和元年には桐製ブックケース「本の正倉院」が「にっぽんの宝物JAPANグランプリ」の工芸・雑貨部門でグランプリに輝く。
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