
文政四年(1821年)創業の老舗・佐藤屋。その原点は、山形の風土から生まれた「乃し梅(のしうめ)」にある。江戸の頃、山形では紅花染めが盛んに行われていた。染めには酸性の媒染剤が欠かせず、梅はその役割を担っていたという。紅花染めを支えるために梅が各地で盛んに育てられ、その実を保存する知恵が生まれる。煮詰めて干した梅は、やがて気付け薬や携帯食として旅人に渡され、のし梅の原型となった。

山形の風土から生まれた、ひと口の知恵
「完熟梅を煮て、砂糖と寒天を加えて煮詰め、型に流して乾かす──。明治の頃にこの製法が完成してから、基本はほとんど変わっていません」と八代目・佐藤慎太郎さんは山形の風土が宿した製法について教えてくれる。

「梅は酸度が高く、寒天を入れただけでは固まりきれないです。そこで見出されたのが、“干す”という工程でした。山形では厳しい冬を越すために、野菜や山菜を乾物にする食文化があるのですが、乃し梅を干す工程に至ったのも乾物から発想を得たものだったのです」
冬の乾燥した空気を利用して乾物をつくる。そういった風土に根ざした保存食の知恵が、乃し梅にも活かされている。その昔は、炭火で煮込んでいたものがガス釜に変わったり、屋根に干していたものが、乾燥室を使うようになったり。時代にあわせた変化はあれど、基本の工程は変わっていない。山形の風土から生まれ、必然があって導き出されたレシピ。薄く透ける琥珀色。梅の酸味がきりっと立ち上がる「乃し梅」は、山形の風土が生んだ小さな文化遺産のような存在だ。

伝統を受け継ぎながら、軽やかに
慎太郎さんが店を継いだのは十数年前。「乃し梅」は昔からの地域の象徴として存在感がありつつも、若い世代にとってはどこか“古いお菓子”という印象。「おばあちゃんの家にある懐かしいお菓子、というイメージでした。でも、せっかく長い時間を経て愛されてきたものを、そのまま“過去のもの”にしてしまうのはもったいないと思ったんです」そこから慎太郎さんは、伝統を守りながらも“今の感覚”で菓子づくりを見つめ直す。八代目になってから掲げた言葉には、そんな思いが込められている。
「和菓子をちょっと自由に」――山形の地で、江戸時代から続く老舗の八代目が掲げた、軽やかな旗印だ。
名付けることで、菓子に魂を宿す
あたらしい自由な和菓子へ。その最初の挑戦が、乃し梅を使ったチョコレート菓子「玉響(たまゆら)」だった。「乃し梅を通して、もっと自由に“甘味”を表現できないかと考えたんです。」白あんと寒天をベースに、バターを使わず脂質を抑えたガナッシュに仕立て、乃し梅と組み合わせる。これまでの培った和菓子の技法がチョコレートに巧みに応用されている。

口に含むと濃厚なカカオのあとに、乃し梅の酸味がふっと響く。「“玉響”には“一瞬のひびき”という意味がある。味にも言葉にも、余白を残したかったんです。」慎太郎さんは、和菓子の本質を「名付けること」に見出している。お菓子に名前をつけるのは、日本独自の文化。シンプルに伝えるだけなら「乃し梅チョコ」で十分。それをよしとせず、言葉があることで、味に余韻や情景が立ち上がってくる。
“名を与える”ことは、単に商品を識別するためではなく、菓子そのものに時間と物語を吹き込む行為。その思想は、次の一菓へと静かに受け継がれていく。
銀河のような錦玉羹「空ノムコウ」
「空ノムコウ」は、生姜味の錦玉羹(きんぎょくかん)をベースに、青と紫のグラデーションを重ねた美しい和菓子だ。寒天に気泡をあえて閉じ込め、光の角度によって宇宙のようにも水面のようにも見える。

「伝統的な和菓子では、気泡は“ミス”とされてきたんです。でも、なぜダメなのかを誰も説明できない。だったら、偶然の美しさとして受け入れてみようと思いました。」着想のきっかけは、同じ山形で活動するガラス作家のアトリエを訪れたとき。吹きガラスの作品が、偶然生まれる気泡や層の重なりによって表情を変えていく──その瞬間の美しさに心を動かされたという。
寒天の透明度を高める糖度、煮詰める温度、層の厚み。試行錯誤を重ねながら、軽やかな口どけと深い奥行きを両立させた、あたらしい和菓子が誕生した。
名前が生む、もうひとつの景色
「空ノムコウ」は、宇宙を感じさせるような斬新な見た目。けれど製法はあくまで伝統的な和菓子の手法に根ざしており、糖度が高く日持ちも40日と長い。お土産や贈り物にも喜ばれる。その写真映えするデザインと印象的な名前で、SNSでも瞬く間に話題になり、人気の商品となった。

玉響も、空ノムコウも、どちらも名前から始まるお菓子だ。名付けによって、味は情景となり、記憶となって残る。「名前をつけることで、味わいにも余韻が生まれる。“玉響”って、これ、どういう意味なんだろう?って誰かが調べたり話したりしてくれる。そうやって会話が生まれるのもうれしいんです。」
「空ノムコウ」という名には、未来へのまなざしが込められている。過去を受け止めながら、その先にある“見えない景色”を見つめたい。「乃し梅」という歴史ある菓子を受け継ぎながら軽やかに飛翔していく、佐藤屋の想いを、この名前からも読み取れるというもの。
「お菓子は、人をつなぐためのもの。食べた人が、誰かと話したくなるような余韻を残したいんです。」慎太郎さんの言葉には、菓子を“つくる”だけでなく、“届ける”ところまでを見つめるまなざしがある。一つひとつの菓子が、人と人、過去と未来を結ぶ媒介になっている。
風土とともに、未来へ
「山形の菓子屋として、風土と切り離されたお菓子は作れません。寒い冬があるから、保存の知恵が生まれた。紅花の文化があったから、梅が育った。そういう流れの先に、乃し梅があると思うんです」

佐藤屋の歩みを振り返りつつ、慎太郎さんのまなざしは、いつも少し先の未来を見据えている。
「伝統を守るって、昔の形を保存することじゃない。風土の中で生まれた必然を、今の時代に生かすことだと思うんです」二百年の歴史を持つ佐藤屋の菓子づくりは、風土と文化の上に立ち、時代の感性で未来へと続いていく。
淡く光る寒天の層のむこうに、山形の空と、作り手の静かなまなざしが透けて見える。その一片に、過去と未来を結ぶ物語が静かに宿っている。
