佐藤繊維株式会社
山形生まれの
ひとすじの糸は
風となって世界を廻る
山形県寒河江市 / 佐藤繊維株式会社
出羽三山としても知られる月山をはじめ、朝日連峰や奥羽山脈など、雄大な山々に囲まれた寒河江市は、山形県のほぼ中央部に位置する自然豊かな都市。清流・寒河江川と、同県をおおきく縦断する大河・最上川が市街地を囲むように流れ、そこに広がる肥沃な大地では、米やさくらんぼをはじめとする、高品質な農産物の栽培が盛んにおこなわれている。また、日本海側と太平洋側を結ぶ山形自動車道が整備され、同県高速交通網の要衝となっている。
同市では、古くは冬場の農閑期に、農家の生業として養蚕がなされていた。それは、明治期に入った頃から、羊毛を主原料とした紡績業へと移行していった。今では数社を残すのみだが、昭和後期のピーク時、山形には400社を超えるニット関連企業が存在していたというから驚きだ。『佐藤繊維株式会社』も、1932年に創業した紡績会社のひとつだが、現在は紡績業のみならず、ニット製品の企画・製造をおこない、その品質とデザインで世界に名を馳せている。また近年は、自社ブランドを精力的に展開し、2015年にはファッションと食、ライフスタイルを提案するセレクトショップ『GEA』をオープンするなど、紡績業の枠に収まらない独自のビジネススタイルで、世の注目を集めている。一本の糸づくりにはじまった、佐藤繊維のものづくり。その原点を、代表取締役社長であり、糸作家・デザイナーである佐藤正樹氏に訊いた。
風土に育まれた、
寒河江市の紡績業
なぜ寒河江市で、紡績業が広まったのでしょう。
佐藤 この辺りには、紡績業に必要なものすべてが揃っていました。農家が多い土地柄で、農業ができない冬場になると、収入を得るひとつの手段として養蚕をする文化があった。また冬場には、家畜も屋内で育てていたので、それらを羊に置き換えらえるのではと、明治期に日本政府から羊の飼育に適していると注目されたのです。当時の日本は軍事目的の使用を含め、日本に入ってきたばかりの繊維・ウールの生産が必要だったのです。そして、この辺りの農家に蚕の代わりとして羊を育てさせたのが牧羊のはじまり。寒河江における紡績業の起こりです。羊毛は刈り取ったあとに大量の水で洗浄する必要がありましたが、月山の雪解け水という豊かな水源があったため、年を通して糸づくりに困ることはありませんでした。また、農家も羊を飼育することで、経済的に豊かになれたのです。思うに、はじめは農業の一環で、地域の風土として成り立っていったのが寒河江の紡績業なのでしょう。
近年に入り、寒河江の紡績業は安価な海外製品におされ衰退していきましたが、時代の流れとともに消費者のニーズも変化していきました。“売れているから、安いから買う”ではなく、その製品の背景にどれだけのストーリーがあるのかが、購買を決める重要な要素となってきたのです。トレンドから個性の時代になったとき、注目されるのは生産者のものづくりの感性。何もないと思われがちな田舎には、田舎だからこその山の緑や川のせせらぎ、自然というインスピレーションがある。それは、新たな製品を生み出す力になります。紡績業にはじまった、ここ寒河江でしかできないビジネスを、僕たちはやっているのです。
紡ぎ出すのは、
無限の組み合わせ
糸も編地も、デザインも、無限にある可能性のなかで、どのように製品をイメージするのでしょう。
佐藤 工業化が進んだ現在、紡績機には大型化と合理化が求められますが、僕らは工夫や手間こそかかりますが、糸づくりに一番理想的な構造をもった、古い紡績機を今でも使用しています。どんな材料でも糸にしてしまえる、僕らのものづくりに欠かすことができない存在です。また、現在のファッション業界ではトレンドが重要視されていますが、僕らはあえてトレンドを追わず、つくりたい糸、つくりたい製品をつくることを一番大事にしています。まだ市場に出回っていない製品をつくるので、ファッションというよりも、アート寄りの考え方なのかも知れません。
そのためには、原料のこともよく知らないといけない。だからこそ、世界各国の羊を見る旅をします。すると、現地の人々の営みや、何百年も続くこだわりを感じることができます。ファッションの概念を理解するのはもちろん、原料と糸一本からのものづくりにこだわることで、自然とどんな製品をつくりたいかは見えてくるのです。
新しい文化を、山形から
佐藤さんのものづくりへのパッションは、どこから生まれてくるのでしょう。
佐藤 小さい頃から、好きなことには周りが見えなくなるほど夢中になるタイプでした。高校時代にはボクシングにのめり込み、世界チャンピオンになることを目標にしていました。しかしその夢が破れてからは、長く夢中になるものを見つけられずにいました。それが山形に戻って、ものづくりの仕事に携わるようになったとき、「僕は世の中にないものをつくり出せるんだ」と思えたのです。ものづくりは完成された世界のように思われますが、ちょっと道をそれるだけで、誰もやったことがないものができあがる。世の中にまだないものがつくれるなら、これほど面白いものはないと、どんどんこの世界にのめり込んでいきました。今ないものを、つくる。これが僕が仕事をするうえで欠かせないパッションになっています。
僕は経営の勉強も何もしてきていなくて、ただ自分がやりたいと思ったことを貫いてきました。現場で経験を積みながら、いつも新しいなにかをつくりたいとうずうずしています。今の時代、10年後の世界がどうなっているかなんて誰にも分からないのだから、自分が夢中になれることを見つけて、追いかけた方がいい。これからも僕は、地方からいろんな文化を発信していきたい。ここ寒河江も世界とつながっているのですから。
佐藤繊維株式会社
- [住所]
- 〒991-0053
山形県寒河江市元町1-19-1
- [TEL]
- 0237-86-3134
- [取り扱い商品]
- 糸・ニット製品